
コミュニケーションってなんだっけ?——対立を前提に、仕事の対話を考える
仕事で「もっとコミュニケーションを取ろう」と言う場面は多いですが、そもそも仕事におけるコミュニケーションってなんでしょうね。
ZUNDAでは、コミュニケーションを「仲良くするためのもの」だけだとは考えていません。仕事では意見がぶつかるのが前提で、その対立の中で“何を見ていて、何を守ろうとしているか”を持ち寄り、『ではどうするか』を決めるための営みだと考ています。
この記事ではまず、「なぜ仕事の対立は人の問題になりやすいのか」を整理し、そのメカニズムを理解した上で、「どう対話すれば前に進むか」を具体的にまとめまています。
※本記事はZUNDAの月次ミーティングで、社員・業務委託のみなさんにお話しした内容をまとめたものです。
仕事をしていれば、意見はぶつかる
例えば、「品質を上げたい」と「早く出したい」、「柔軟に対応したい」と「個別対応の負荷を減らしたい」、「セキュリティを高めたい」と「便利に使いたい」。仕事には、こうした相反する要求がいつもあります。
どちらかが間違っているわけではありません。どちらも必要だから難しいんですよね。
さらに、仕事をしている人それぞれで、立場も、持っている情報も、背負っている責任も違います。営業と開発では見えているものが違うし、現場と経営でも守ろうとしているものが違う。それぞれが自分の仕事をちゃんとやろうとすればするほど、「こっちも大事だ」という話が自然に出てきます。
組織論では、こうした相反する要求の引っ張り合いである「テンション」や、矛盾しながらも互いに必要で、繰り返し現れる要求を「パラドックス」として整理されてきました。
このテンションやパラドックスそのものは、悪いもの、排除すべきものではありません。
「はやい」「やすい」「うまい」を同時に実現したいから、工夫が生まれるみたいな話です。品質とスピードの両方を諦めたくないから、どこまでを標準化し、どこに人の手を残すかを考える。セキュリティと利便性の両方が大切だから、新しい技術や仕組みを探す。
そんな感じで、しんどいですが、対立するものをなんとか一緒に実現しようとすることで、結果的に、仕組み、システム、アイデア、体制づくりなどが生まれます。もちろん、ルールや線引きなどの妥協案もそうです。
だから、コミュニケーションは、対立をなくすためだけのものではなくて、
対立があることを前提に、お互いが何を見て、何を守ろうとしているのかを持ち寄り、「では、どうするか」を決める。
ものでもあるんですよね。
特に仕事では、対立関係が明白です。その上で仕事を進めなければならない。
だから、まぁ、いろいろと悩んだり、感情が動いたり、うまくいかないこともあるんですよね。
仕事の対立は「人の問題」になりやすい
仕事上のコミュニケーションが、人の問題になることがあります。どうしてなのか、まずはそのメカニズムを整理して考えていきましょう。
この辺を理解していくと、その対処も見えてくるはずです。
1. 同じものを見ているつもりで、見ているものが違う
まず、同じものを見ているつもりでも、実際には見えているものが違います。
人は、自分の経験や知識、関心、立場に応じて注目する情報を選び、そこに意味をつけています。
心理学では、『選択的知覚』などの言葉で説明されます。いわゆるバイアスです。
2. 人は、相手の行動を性格で説明してしまう
自分の行動の背景や事情は理解できるのに、相手の行動は性格の問題に見えやすい。
「今日は立て込んでいて返事ができなかった」は自分には分かる。でも、相手からすれば、返事がないことを「無責任な人」「こちらを軽く扱っている」と感じてしまう。
人は、相手の行動を説明するとき、置かれていた状況を軽視して、その人の性格や資質を安易に結びつけてしまうことがあります。『基本的帰属の誤り』とも言われます。
また、自分の行動は事情や状況で説明する一方、相手の行動はその人の性格で説明しやすい、という見方は『行為者–観察者バイアス』とも呼ばれます。
人のことはわからないです。想像するしかない。理不尽なことや理解できないことに意味を付けないと人間ってしんどいんですよね。だから、「そういう人」として性格を設定したり、ラベルを付けちゃいます。
3. 仕事の対立が、自己否定に聞こえる
仕事への指摘が、自分自身への否定に聞こえることがあります。
仕事や専門性、役割、これまで積み重ねてきたものは、自分のアイデンティティとも無関係ではありません。「この案には問題がある」という話が、「自分の仕事には価値がない」と聞こえてしまうこともある。
社会に出ると、結構な時間を仕事に費やしますよね。そりゃ否定されると反射的に『アイデンティティへの脅威』を感じ、否定された気になります。人と仕事が、混ざっちゃうし、完全に分けられる人は少ないと思います。
4. 目的が違うまま、手段だけ議論している
本当は守りたいものが違うだけなのに、手段の正しさを争ってしまう。
「Aでやるべきだ」「いやBだ」と話しているけれど、実は片方は納期を守ろうとしていて、もう片方は品質を守ろうとしている。お互いが背負っているものや、共通の目的がテーブルに載っていないまま手段だけを議論すると、「誰が正しいか」という人の争いになりがちです。
手段の目的化が常態化していると、何のための手段だったのかを問い直さないまま、お互いの立場も状況も理解のないまま、手段そのものの正誤を争い、それが「あの人とは考えが合わない」など、人の対立になることがありますよね。
5. 答えがない問題を、正解問題として扱ってしまう
仕事の課題には、すごく雑に分けると大きく2つあって、「正しい答えを知っている人が説明すれば解決する問題(技術的課題)」と、「そもそも1つの正解もない問題(適応課題)」があります。もちろん、これらが混ざってることが多い。
例えば、設定方法や仕様を確認するような話なら、調べれたり詳しい人に聞けば答えが出ることが多い。でも、「品質と納期のどちらを優先するか」「どこまでリスクを許容するか」「誰がどこまで負担するか」といった話には、唯一の正解があるとは限りません。そもそも、今の自分たちでは解決できない課題だったりします。
安易に課題を正解問題として扱ってしまうと、「自分の方が正しい」「相手は分かっていない」という話になりやすい。本当は、価値観や優先順位の違いなのに、それがいつの間にか、考え方や人そのものの正誤に変わってしまいます。
『適応型リーダーシップ:Adaptive Leadership』では、こうした問題を「適応課題」と呼び、関係者が問題を学習し、価値観・優先順位・役割・習慣を変える課題であると定義されています。「キメの問題」「落としどころ」や、すぐにはどうにもならない、みんなで扱うべき中長期的な組織課題だったりします。
では、どう対話・コミュニケーションするか?
で、どうしたらいいのか?という話なのですが、僕なりの考え方、向き合い方を紹介します。
ここまでに書いたとおり、仕事では意見がぶつかります。そして、仕事上の対立は、放っておくと「誰が正しいか」「誰に問題があるか」という人の問題に変わりがちです。
では、対立を人の問題にせず、仕事を前に進めるためには、どう対話すればよいのでしょうか。
1. 人ではなく、「起きたこと」を問題にする
まず、自分が見たものと、そこから自分が考えたものを分けます。
事実と解釈を分ける
例えば、「メッセージに返信がない」は事実です。一方で、「無視されている」は解釈です。さらに、「この人は無責任だ」となると、その人への評価になります。
「無責任ですよね」と言われれば、相手は自分を否定されたと感じます。でも、「昨日送った確認事項にまだ返信がなくて、次の作業が止まっている」と言われれば、少なくとも、同じ観測可能な事象について話すことができます。
『NVC(Nonviolent Communication)』では、これを「観察と評価を分ける」と表現します。
推論のはしごを降りる
また、似た考え方で、『推論のはしご(Ladder of Inference)』があります。
人は、何かが起きてから結論にたどり着くまでがとても速い。秒速です。でも、その間には、自分が選んだ事実、過去の経験、価値観、相手への印象、そのときの感情など、いろいろなものが瞬時にサンドイッチされています。
だから、相手に対して怒りや不信を感じたときには、一度、自分の頭の中で作ったストーリーをほどいてみる。
何があったのか。自分はそこから何を考えたのか。なぜそう感じたのか。自分は何に困っているのか。そうしてはしごを下りていくと、「あの人の問題」だったものを、もう一度「起きたことの問題」に戻しやすくなります。
「状況」「行動」「影響」に分ける
さらに、具体的に起きたことを整理する方法として、『SBI(Situation–Behavior–Impact)』というフレームワークもあります。「状況」「行動」「影響」に分けて考える方法です。
例えば、「あの人は会議でいつも攻撃的だ」と言われても、何を変えればいいのか分かりません。これをSBIに分けると、こんな感じです。
- Situation(状況): 今日の仕様検討ミーティングで、Bさんが新しい画面案を説明していたとき
- Behavior(行動): Aさんが説明の途中で何度か話を遮り、「それ、やる意味あります?」と発言した
- Impact(影響): Bさんが説明を途中で止め、その後は懸念点が十分に共有されないまま議論が終わった。僕自身も、意見を出しにくい空気になったと感じた
ここまで分ければ、「Aさんは攻撃的な人だ」ではなく、「説明を遮ること」「発言の言い方」「意見を出しにくくなったこと」を問題として扱えます。
人だけを問題にすると、その人を替えるぐらいしか解決方法がなくなります。でも、具体的な行動や影響まで戻れば、変えられるものが見つかることがあります。
相手に行動を変えてもらうようお願いできるかもしれない。会議の進め方を変えられるかもしれない。役割を整理したり、影響を抑える仕組みを作ったりできるかもしれない。
人を問題にするのではなく、変えられる行動や仕組みを問題にする。
誰かを責めたり非難するより、こちらの方がずっと面倒です。でも、目の前の仕事を良くしようとするなら、事象を分けながら、変えられるそうな問題として扱うしかないんじゃないかなと思います。大変だけど、がんばろー!
2. お互いが持っているものを、テーブルに乗せる
必要と要望を伝える
起きたことを整理できたら、次に、自分が何を必要としているのか、そのために何をお願いしたいのかを言葉にします。
仕事では、つい結論や要求だけを伝えてしまいがちですよね。
「この日までにお願いします」、「ルールなので、こうしてください」、「その仕様では無理です」。でも、その**要望(依頼・お願い)**の裏側には理由があります。
例えば、「明日までに返事をください」という要望の奥には、「明日の午後にお客様との打ち合わせがあり、それまでに判断材料が必要」という必要があるかもしれません。
必要が分かれば、「完全な回答は間に合わないけれど、判断材料だけ先に渡す」「別の人に確認する」といった、別の方法が見つかる可能性があります。
自分は何を必要としているのか。そのために、相手に何をお願い(要望)したいのか。
自分の結論だけではなく、そこに至った事情や懸念、守りたいものまで含めて伝えます。
情報を持ち寄る
もちろん、相手にも相手の事情があります。「何が難しいのか」「何を守りたいのか」「どういう条件ならできるのか」、それらを出してもらい、お互いが持っている情報や考え、懸念、必要、要望を、判断するためのテーブルに乗せていきます。
営業が持っているお客様の情報。開発が知っている技術的な制約。運用する人が感じている負荷。経営が見ている事業上のリスク。それぞれが、自分の場所でしか見えていないものがあります。
『Crucial Conversations』では、これを「Pool of Shared Meaning(共有された意味のプール)」と表現します。それぞれが頭の中に持っているものを、みんなで使える場所に持ち寄るという考え方です。
コミュニケーションは、自分の結論を相手に理解させるためだけにするものではありません。
それぞれが持っていない情報を持ち寄り、一緒に問題を扱える形にする。
そこから初めて、対話が始まります。透明性や公平性、情報の非対称性をなくす、など、いろいろな表現がありますが、持ち寄って一緒に考える。情報を共有して議論する。という行為が本質的にコミュニケーションなのなもしれない、と考えちゃいますね。
あの人とあの人は、社歴が長くて、うまくやってる。みたいなのもそうかもしれません。最初からお互いの持っているものがある程度テーブルに乗っているのでやりやすい。また、これもあるあるだと思うのですが、犬猿の仲の対立している2人と、仲裁役の3人で根掘り葉掘り話を聞いていくと、なんか知らんが上手くいった。なんなら仲良くなった。みたいなやつですね。
3. 正解を探すのではなく、目的に戻って決める
お互いが持っているものをテーブルに乗せても、綺麗な答えが出ないことがあります。その方が多いかもしれません。
仕事で扱うものの中には、正しいやり方を知っている人が説明すれば終わる問題だけでなく、何を優先するか、どこまでリスクを取るか、誰がどのくらい引き受けるか、何を諦めるか、といった問題がたくさんあります。
こうした問題を「正解問題」として扱うと、「自分の方が正しい」「相手は分かっていない」という人の正誤の話になってしまいます。
でも、必要なのは、魔法のような正解を探すことではありません。
技術、体制、時間、人の状態といった等身大の現実を出し合って、自分たちが何を変える必要があるのかを学び、どこに落とすかを考えることです。
手段の議論で詰まったときには、「どうする?」から「何のため?」に戻ります。この業務は何のためにあるのか。誰に、どんな価値を届けたいのか。このルールは何を守るためのものなのか。この話し合いの先に、どんな状態を作りたいのか。
「何のため」が共有できれば、AかBかではない第3の方法が見つかることがあります。そもそも、その仕事をやらないという選択肢も出てきます。
それでも、全員が100%納得する答えが出るとは限りません。誰かが負担しなければならないこともあります。ルールを作ることもあれば、線を引くことも、今回は変えないと決めることもあります。
それでも、必要な情報を出し、それぞれの違いを扱い、最後は決める。
対話の目的は、全員が気持ちよく納得することではありません。できるだけ、より良い判断をして、「決める」ことです。
そして、決まったら動く。
もちろん、一度決めたものが永遠に正しいわけでもありません。人が増え、組織が変わり、技術や前提も変わります。だから、ときどき手に取って、ZUNDAでいうところの「まだ手触り感ある?」を確かめ直す。現場とズレていたら、また決め直せばいいんですよね。
ZUNDA的な言い方をすると、力任せの正論でどちらかを押し切るのではなく、何が対立しているのかを一度ほどいてみると、問題の構造が見えて、もう少し筋のよい解き方が見つかる。といった感じです。対立は、解消すべきノイズや障害ではなく、次に考えるべきことを教えてくれる、人や組織が成長する資源にもなりえます。
4. 対話するから、信頼ができる
「信頼関係ができたら、率直に話せる」と思うことがあります。でも、実は逆でもあるんじゃないかなと、最近よく思います。
仕事をお願いする。分からないことを聞く。相手の領域に少し踏み込む。「それは難しい」と断られる。自分が間違っていたら謝る。助けてもらったら感謝する。意見が違っても、次の日にはまた普通に仕事をする。
そうした小さなやり取りの積み重ねで、信頼は育ちます。
信頼があるから対話できるだけではなく、対話するから信頼ができる。
だから、相手の領域に踏み込むこと自体を、悪いことにしたくないですよね。
「これ、こうした方がよくない?」「ここ困ってない?」「ちょっと手伝ってもらっていい?」、こうした越境をすべて「担当外です」「窓口を通してください」で閉じれば、衝突は減るかもしれません。でも、協力も減り、問題が組織の隙間に落ちていきます。
逆に、何でも引き受ければ、負荷が集中します。必要なのは、境界線をなくすことでも、厳密に守り続けることでもありません。
境界を越えたときに、当事者同士で「どうしようか」と話せること。
お願いする。断る。助ける。感謝する。ときには謝る。そうしたやり取りが、次にまた頼ったり、頼られたりできる関係の種になっていくんだと思います。
情報を自分の領域に抱え込まずに、テーブルに載せちゃった方が対話しやすくて良いことが多い。そういう体験を増やしていきたいですよね。
部署の垣根を越えるとか、縦割り組織が、DXどうのこうのって話題がありますが、いわゆる、おせっかいな人、面倒見のいい人、がいい仕事を担ってくれたりしますよね。僕は「余計なお世話」をする人って、好きだなぁ。みんなのことをよく見てて、さっと身体が動くって感じですかね。
追記)5. 感情は、大切にしよう
ここまで、まず冷静になりましょう、感情を抑えましょうという、ドライで理知的な風味の話ばかりに見えてしまったかもしれません。でも、感情は人の原動力です。
腹が立つ、悔しい、不安になる、違和感がある。それは、自分が何かを大切にしているから生まれる感情です。プロとして品質を守りたいから悔しい。お客様にちゃんと届けたいから焦る。誰かに負荷が偏っているから腹が立つ。
その感情が、「これは変えたい」「もっと良くしたい」という原動力になります。
だから、感情をなくしたり、無理に押さえ込んだりする必要はないと思っています。ただ、その感情から一足飛びに「あの人は無責任だ」「あの部署は分かっていない」と、人そのものを問題にしてしまうと、対話することが難しくなります。
感情は大切にする。でも、その感情が何から生まれたのかを、自分でもう一度確かめてみる。
それが、コミュニケーションには必要だし、自分が何を大切にして仕事をしているのかを知る手がかりにもなります。
必要ならぶつかって、それでもまた一緒に仕事をする
ZUNDAでは、「穏やかなプロフェッショナル集団」という言葉を大切にしています。
穏やかであることは、衝突を避けることではありません。何も言わないことでも、相手の顔色を見て正しさを飲み込むことでもない。
自分が見たものをできるだけ確かめて、事実と解釈を分ける。相手にも事情や守りたいものがあると想像して考える。それぞれが仕事の担い手として、必要なことは言う。必要なら少し領域を越える。自分の必要や要望を言葉にする。無理なものはちゃんと断る。助けてもらったら感謝する。
そして、力任せにどちらかを押し切るのではなく、一緒にもう少し筋のよい方法を探す。それでも答えがなければ、等身大の現実から決めて、動く。
穏やかなプロフェッショナル集団とは、揉めない集団でも、境界線の内側だけで働く集団でもないと思っています。
必要ならちゃんとぶつかって、それでもまた一緒に仕事ができる集団。
でいたいですよね。たぶん、コミュニケーションって、そういうことなんだと思います。
今回は、組織論や仕組みとかではなくて、コミュニケーションの個人の心構えみたいな話でした。もちろん、コミュニケーションを個人の心がけだけに任せればいい、という話ではありません。
話しやすい場や情報の持ち方、役割や意思決定の仕組みも必要です。それはまた別の機会に。
まずは、自分が誰かと仕事をするときに、少しだけ意識できることからやっていけらいいですよね。